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@ 「不動産バブル」 

私が不動産会社で働き始めたのは昭和55年9月24日

のことでした。新聞折り込みの広告を見て東京都立川

市にある二つの不動産会社に電話しました。一つ目の

会社はいかにも対応の悪い不動産会社で、その会社は

現在どこかに消えてしまいました。もう一つの会社は対

応も紳士的で、電話をした翌日に三鷹市にあったその

不動産会社の本社に面接に行きました。面接のあと

B4用紙を縦にした常識問題のペーパーテストがあり

どんな問題が出たかは殆ど忘れましたが、≪相撲

の三役とは?≫という問題だけが記憶に残っています。

少し常識のある人なら100点満点の問題だという事で

したが過去に満点だった人の営業成績はあまりよくない

とというデータがあるともいっていました。

営業の世界は、考える事より行動力が優先されるようで

あれこれ考える暇があったら、まず一歩足を動かすの

が原則。まっ、経済が右肩上がりの頃には、手足さえ動

かしていれば、時代が後押しをしてくれたという事でしょう。

面接は形式的なもので、その頃の不動産会社は【来る

者拒まず】で、よほど身なりが悪く、態度も悪い上に、顔

つきが悪相でない限り、採用されたものです。

そして、入社7年目の昭和61年1月。立川支店に来社し

店舗を探していたお客様があっさりと契約になってしま

いまいました。不動産の仲介会社では新入社員に≪土

地と店舗を探しているお客様は深追いするな≫と教えま

す。簡単にいうと土地と店舗は決まりにくいという事なの

です。まず、現在と違って、情報量が少ないこと。探す

側の条件が複雑なことがその原因です。不動産仲介会

社にとっていい社員は≪新築一戸建て≫をコンスタント

に決めてくれる営業社員なのです。しかし、不動産屋の

別名を≪千三つ屋≫というのは二つの意味があって、

一つ目は《千に一つも本当のことを言わない》という意味

と、もう一つは《千の話があっても三つぐらいしか決まら

ない》という意味があるようです。現実にも不動産は種別

にかかわらず、一つとして同じものがありません。他方

不動産営業に従事する人は何百万人もいますから、一

つの不動産を自分が決める確率は何百万分の一なの

であります。私などもなかなか契約ができず、ずっーと

年下の営業部長に≪もうやめたら≫などと何度も嫌み

を言われたものです。


さて、店舗があっさりと契約になった昭和61年はバブル

経済が顕在化した年でしたが、実際は昭和60年頃から

深く静かに進行していたようなのであります。その会社

には各課に営業用の車両が二台から三台あったのです

がこれが車種はバラバラ、色もバラバラで、タバコの匂

いがするというひどい車でした。営業課は四課あったの

で、車は10台はあったと思います。そして、その年の暮

れには、全社の車両がほとんど新車になってしまいまし

た。その頃、社長は≪お金が地べたに落ちている≫と

よく言っていました。その会社の営業課は課長が一人と

営業社員が6人という構成になっていました。営業マン

デスクという三人がけの細長いスチール製の机が二つ

向き合っていてその片側に三人づつ計六人が座ります。

デスクには小さい引き出しが各自用に一つずつついて

いて、各営業社員は自分の小物をそこに入れます。三

人が座ると肩と肩が触れ合うほどのスペースしかありま

せん。しかし、一日のうち三人とも座っていることなどあ

りませんから、それで十分なのです。現在、当社にも二

人掛けの営業マンデスクが二つ置いてあります。平

成21年に現在の駅前店舗に移転する前は、その営業マ

ンデスクを向き合わせにして、二名が座っていましたが

現在は、店舗のレイアウトの都合で横に二台を並べてい

ます。単に不動産の仲介をするだけなら、不動産「土地

新築一戸建て、中古一戸建て、中古マンション」の販

買図面があればとりたてて、スペースは不要なのです。

一日中デスクに座っていたのでは、まず営業成績は上

がりません。


蟻の世界では20%の蟻が働いていて、残りの80%の蟻は

遊んでいるそうです。正確にいうと空気中の酸素と窒素

その他の組成と同じ比率で酸素22%、窒素その他が78%

でバランスしているのが自然の法則なのだとか。そこで

20%の働き蟻を隔離してしまうと、遊んでいる蟻達の中

から、隔離した分と同じ働き蟻が出てきて、20対80の比

率になってしまうといいます。


これが有名なパレートの80対20の法則です。これは、

私が不動産営業の世界に入ってからの経験でも見事に

現実と符合しています。不動産仲介では一課が課長一

人営業社員6人というのが最もバランスがいいようで、

時々会社の採用社員が増え、課員が7人になったりする

と不思議にその課の成績が下降すること、殆ど狂いがあ

りません。

とにかく、どこの会社でも商店でも20%の社員や店員が

売り上げの80%を稼ぎ出すものと考えていいわけです。

したがって、6人の課員の20%というと1.2人ですから、各

課でコンスタントに営業成績を上げる社員は1名という

のが、ずーっと変わらなかったような気がします。管理

職の役目はいかにそのバランスを崩し、いかに売り上げ

を上げる方法を見出すかという事にエネルギーを費や

すことかもしれません。さて、昭和61年にかなりの売り

上げを上げた私の課では、その年の暮れに課で一番の

成績を上げた営業社員が突然独立してしまいました。

会社でもトップセールスであったその課員が辞めた後、

私の課には変な課員ばかりが配属され始め、私自身す

っかりやる気をなくしてしまい、昭和62年の3月に会社を

辞めることにしました。時は、バブル経済真っ盛りで、

昭和61年に私の課に配属され約3か月ぐらいで退職し、

当時の単位で約40億円位の不動産を相続した男の会

社に転職しました。その頃は一億総不動産屋の時代で

建売業者が3500万円で売り出した新築一戸建てを仲介

会社が買い、すぐに5000万円で売れるという異常な時

代でした。自分の土地を4億で業者に売り、買替のため

に他の不動産会社に行ったら、まだ残金登記も済んで

いない4億で売った土地が6億で出回っていたという事も

日常茶飯事でした。それから、何年もたち、当社で670

万円で売却依頼をお受けした中古マンションも、バブル

経済下では3500万円以上していたはずです。そして、

金融引き締めなどによって、バブルははじけてしまった

のであります。


                                   「不動産バブル」終わり。



@ 「不動産バブル」

A 「主導権」 


 

 










  
   




























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